犬の陰謀

「そんなことよりも…」
急にジョイが口をききはじめた。
私はビックリして脇見をしてしまい壁にぶつかった。
「お・お前今なんてぇ〜?!」
「いや・だから、そんなことよりも、早よう帰ってオヤツ食べさせてぇな〜。」
「!!???」

説明しよう、今私と話をしているジョイとは、「犬」!
我が家に来て4年目になる、ビーグル犬の男の子なのだ!
そいつが今、私に向かって、は・な・し・始めたのだ〜!
しかも、タメ口で!
だから!私でなくとも壁にぶつかろうというものだ。

さらに、ジョイは小首をかしげながらこう言った。
「なんで、びっくりしてんの?」
「なんでって、お前?!何でしゃべってるねん!」
「なんでぇ???だって、そっちから話し掛けてきたやんかぁ〜」

そう、先ほど私は確かにこう言った。
「ちょっと行ったら、ボール放りしょうな〜。」
しかし、ちょっと待て!
それは独り言のようなもの、まさかジョイからの返事を期待していたものなどではない!

「いや、それはやなあ…、つまり…」
うろたえる私にジョイが言う。
「だから、早よう帰ろう〜。」
私は、小さく数回うなずいて自転車に飛び乗った。

家に帰るなり、私は大声でこう言った。
「お〜い!お〜い!お母〜さ〜ん!来てくれぇ〜!」
奥から妻が出てきた。
「なんなん?やかましいな〜。」
「ちょっと、ちょっと聞いてくれ!ジョイがな・ジョイがしゃべりよるねん!」
「は?」
「いや、だからな、ジョイが人間の言葉を話すんや!」
妻はため息をつきながらこう言った。
「あんたな〜、私は忙しいねん、そんな話は寝てる時にして!」
「いや、だから、その…、おい!おいっって!」
私の声を無視し、妻は洗濯の続きをしに奥へ消えていった。
私はジョイを見つめた。
でも、ジョイは黙って首のあたりを後ろ足で掻きあげるだけだった。

その日はずっとジョイと一緒にいてみた。
しかし、ジョイは何も言わない。
(あれは夢だったのか?)
いや、しかし、でも…
もう頭の中は接続詞でいっぱいだ!
結局あれは気のせいだったということに…
なかったことだということに…
結局、自分で自分を押さえ込んでその日は寝た。

翌朝いつもの散歩道。
私は恐る恐る声を掛ける…
「公園行くか?それとも走るか?」
ジョイは前を向いたままこう言った。
「パン屋さん!」
(はたして、これは気のせいか?)
私は何がなんやら、もう…
気がつけばパン屋さんの前にジョイをくくりつけ、パンを買っていた。
くくられたジョイは叫んでいる。
「うおぉ〜ん!うおぉ〜ん!」
(ああ、普通の犬の泣き声だ…)
安心しながら、会計を済まし、店を出る。
ジョイに近付き紐を解き、声を掛ける。
「待たせな。」
「遅いで!」
間髪入れずジョイが答えた。
私は、頭の中がグルグル回るのを感じながら、気がつけば家に帰っていた。
その間の事は何も記憶がない。
いや、一つだけ、これだけは覚えている。
確かにジョイにこう言った。
「すんません。」

それから暫くして分かったことがある。
どうもジョイは私にだけ、しかも近い距離の時だけしゃべるのだ。
たとえば、他の誰かがいたり、離れているときには決して話さない。
何度か試してみたがそうだったし、試すたびに周りから白い目で見られるのでもうやめた。
理由?
そう、なぜジョイがしゃべれるのかって理由ですよね?
…、なんだかもう疲れたから、考えるのは止めた。
ただ、今こうしてしゃべっているんだから、もうね、まあいいか!っと…
そんな感じでした。
おもしろいことに、
そう腹をくくると、案外すんなり現実を受け入れることができた。

そうなると楽しいものだ、自分だけの話相手が出来たわけだから。
しかも、こっちは何の気遣いも、遠慮も要らない。
毎日散歩のたびにいろいろお話をした。

ある日ジョイがこう言った。
「なあ、なんであのこは大きくならへんの?」
それは私の友人の娘さん、ちょうど6つになる女の子を指していった言葉だった。
私は答えた。
「いや、大きくなってるで。」
「うそや〜!僕がここに来た時からそんなに大きくなってないで〜!」
「いやいや、あれから4年近くたってるやろ?大きくなってるで。」
「うそや!うそや!僕は凄く小さかったのに、もう大人になったで!
なのに、あのこはまだ、あんなに小さいやん。」
「う〜ん、そら、お前は犬やし、あの子は人間やから…」
「へ〜、犬は早く大きくなるの?」
「そうそう、犬の1年は人間の4年とも5年とも言われてるで…」
「ふ〜ん、ほんなら…」
「ほんなら?」
「僕は先に爺さんになるんやな?」
「そういうことになるかな…」
「なるんか…」
私とジョイはそれからは何も言わずじっと座っていた。

その日以来ジョイは変わった。
いつもは寄り付かない私のバイクのまわりをうろつき、
私がバイクに乗ろうとすると、座り込んでゆく手を阻むようになった。
私はジョイに尋ねた。
「なんで、こんな悪さをすんねん?」
ジョイは答えた。
「だって、僕は早よ爺さんになんねんで、ほんなら遊ばれへんやん、
だから今遊んで欲しいねん、だから行ったら嫌やねん。」
私は胸が締め付けられた!
ジョイがいとおしくて、仕方がなかった。
ジョイを抱き寄せてこう言った。
「わかった、バイクは乗らん。今から10年は乗らん!」
「ほんまぁ?ほんならここに僕のベッド作ってよ!」
「わかった、わかった、バイクは処分する!」
私はジョイを抱きしめ泣いていた。


「うわぁ〜!びっくりしたぁ〜!こんなに上手くいくなんて…」
「でしょ?だから言ったんですよ、我々にお任せいただければ万事上手く行くとね。」
「でも、あれですね、あの人があんなに簡単にバイクを手放すとは…」
「そうご主人のような性格の方は、無理やり取り上げたり、禁止したりするのはかえって逆効果。」
「そうなんですか…」
「そんなことをするとよりいっそう、執着するのですよ。」
「なるほど…」
「しかしね奥さん、逆にこういったタイプは切り口を変えると案外もろいんですよ。」
「はあ…」
「他人ではなく自分で決めたことには、しつこいくらいに従い続けるんですよ。」
「そういえば…、ここ何年間も毎朝腹筋と腕立てふせをしていますわ…」
「でしょ?そうなると、あとはいかにして決心させるかだけですよね。」
「はい。でも、これが難しいでしょ?」
「いえいえ、性格ごとにパターンがあり、ご主人の場合は…」
「場合は?」
「思い込んだら一直線、他の事が見えないタイプ。」
「はい、確かに…」
「その上、情に脆く、感動家。」
「はいはいはい!」
「だからこの場合、愛犬のジョイ君がお願いしていると思い込ませれば…」
「なるほど…」
「でも凄く上手くいきましたね。」
「そうです、これもひとえに我々の技術力、超小型マイクとスピーカーの成果です。」
「そうそう!それとバイク!」
「そうです、バイクのまわりにジョイ君の好きなにおいを染み込ませ…」
「私がバイクのエンジンをかけてから、バイクの前でオヤツをやる!」
「そう、奥さんにも頑張っていただきましたな。」
「でも普通信じるかしら?」
「だから、ご主人だけ特別だと思いこましたんですよ。」
「そうそう、言われたとおりに、私は一切耳を貸しませんでした。」
「自分だけ特別、この意識にもご主人は弱いみたいでしたからね。」
「そうそう、だから、なじみの店をすぐ持ちたがる。」
「しかし、我々も今まで色んなケースに対応してきましたが、
これほど完璧にことが運んだのは希ですよ。」

「だって、主人は…」

「そう、なによりご主人は…」

2人は声を揃えてこう言った。

「単純!」!(゜▽゜)b!(゜▽゜)b

2人が笑いをこらえながら見ているモニターには…

ジョイの首にしがみつき、泣いている私の姿が映されていた。

え〜っと、これももちろんフィクションですよ!
私は、犬とは会話はしませんし。
バイクも捨てません。
奥さんは、探偵さんを雇っていない(はずだ)し。
私はそんなに単純ではありません!

多分・・

いや・・

きっと

だと・・

思う・・・かな?




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