鍵(第1章

その日は天気予報とは裏腹に晴れ渡っていた。

私はいつものようにポケットからキーを取り出し片手でもてあそんだ。
(おや?何だこれは?)
ポケットの中にまだなにかある?
さぐってみると、見覚えのない鍵が…
(あれれ?)
記憶をたどってみると、
「ん!?そうか昨晩…」
そう、わたしはこの鍵を道で拾ったのだ。
いつもなら見過ごしてしまう、
しかしこのときはなぜか妙に心に引っかかり、
拾い上げてしまったのだ。

その鍵を見ているうちに、私はあることを思いついた。
そして、そのことを思うとなんだか楽しくなってきた。

「さて…、今日は何の予定もない。この鍵でちょっと遊んでみるか…」


風が気持ちいい♪

小さなバイクで土手を走る。
行き先は、何でも知っている友達の店。
小さいバイクでもすぐに着いてしまうほどその店は近くにある。
彼の職業は説明するのに困るような職業だ。
とは行っても犯罪がらみではない。
なんというか、一言二言で定義してしまうにはあまりにもその守備範囲が広すぎるのだ。
さらに、その広さに深さまで兼ね備えている!
だから困ってしまう。
(でも、こんなときには役に立つんですよね。)

店に着くと彼はいつものように奥から出てきた。
バイクの音で誰が来たのか分かるみたいだ。
だから私は挨拶も言わずにポケットから例の鍵を取り出し彼に見せた。
「どう思う?」
「ん?これは何の鍵や?」
「そうそれをお前に聞こうかと思ってな。」
「ふ〜ん、見たところバイク車の類ではなさそうやな…」
「やろ?」
「かといって、家やロッカーのものとも違うし…」
「な?」
「はて…?で、どうしたんこれ?」
「拾った。」
「へ?警察には届けたんか?」
「いや、まだ。」
「あかんやろ!?届けな。」
「まあ、そうなんやろうけど。よく見てみ、それ。」
「どれどれ…」
彼はしばらくそれを見つめていたが、いきなり声をあげた。
「あっ!あれれ?」
「な?」
「あかん!なんか届けてしもたらあかんような気がしてきた!」
「やろ?」
「なんでやろ?」
「わかれへんねんけど、俺はそれ見てたら自然にこう思えてきてん。」
「まさか…」
その時2人は同時に同じ言葉を口にしていた。
「これに合う鍵を作ったらどうやろ!」
一見全く無意味のようなこの考え、
しかしなぜだか2人には必然のように感じた。

先ほども述べたが、こんなときには頼りになるのが彼である。
私にはよく分からないことをつぶやきながら、
テキパキと寸法を測り、メモをとっている。
不意に彼がこう言った。
「これ2、3日預かっててもええか?」
私はなぜだか、考える前に叫んでいた。
「あか〜ん!」
彼はビックリした顔でこっちを見てこう言った。
「おいおい、何大きな声を出してるねん。」
「すまん…」
私は恥ずかしくなり表の自販機へ缶コーヒーを買いに行った。

買ってきた缶コーヒをすすりながら、彼は尋ねた。
「ところで、これ何に付ける?」
「え?」
「いや、ほれ、ただ鍵のセットを作ってもしゃあないやろ?何かに使えへんのか?」
「でも、誰かのかも知れへんし…」
「何言うてるねん、もうこの鍵を手放す気はないんやろ?」
「まあ、そやけど…」
「じゃあこうしたらええねん、これの合鍵を作ってそれを落とし主に返す。」
「なるほど…」
「なら気にせんでええやろ?」
「そうやな…、ほなら、あのバイクに合うように作ってや!」
「よっしゃ!」

家に帰った私は、一応貼り紙をしておいた。
「鍵ひらいました。預かっています。」
でも妙な確信はあった。
「誰も来るはずない。だってあれは俺のんやから。」

翌日、この朝も晴れだ。
「あれ?そういえばここのところ雨の日がないな…」
そう独り言を口にした時気が付いた!
「雨どころか、寒い日、暑い日もないぞ!?」
記憶を一所懸命に手繰り寄せても…
「あれえ?気候の良い気持ちのよい日の記憶しかない?」
不思議なことに、そうなのだ!
だから季節の移り変わりも分からなくなっている。
「????」
なぜか、そのことを考えようとすると頭の中は真っ白だ!

ジリリリリリリリ〜♪

その時電話が鳴った。
「もしもし、例の鍵ができたぞ!」
彼からだ!
さすが仕事が速い!
え?速い?
速すぎないかい?
おかしいぞ、昨日いきなり持っていて、今朝できている!
材料はどうした!?
あれれ?
そもそも彼の名前は何って言うんだ?
え〜っと…
あれれれ?!
顔まで出てこない!
とにかく、
私は急いでバイクにまたがり彼の店へと急いだ。

店に着いた私はメットも脱がずに店の中へ入った。
そこには見慣れた顔の彼がいた。
「どうした?えらい剣幕やな〜!」
「え?!ああ…、あ・あれれ…?」
私は何を慌てていたのだろうか、いつもの店でいつもの彼がいるだけではないか?
しかし…、あれれ?何か違和感があったんじゃあなかったっけ?
私が「?」となっていると彼が言った。
「これ、これ!自分でする?俺がやろか?」
「えっ!?ああ、なんか今日は頭がおかしいから…、自分に頼むわ。」
「オーケー!」
彼は私のバイクを店に引き入れ作業を始めた。

私はいつものように缶コーヒーをすすりながら彼の作業を見ている。
(あれ?いつ買ったっけ?この缶コーヒー?)
「あっ!!」
そうだ!私は思い出した、彼の名前は?
私は、たまらず彼に声をかける。
「なあ、自分の名前はなんちゅうたっけ?」
「ええ〜?何やて〜?」
どうも作業の音で聞えにくいようだ。
「だ〜か〜ら〜、名〜前。あんたのな・ま・え!」
「あ〜、何かと思たら…、wwヘ√レvv~やろ〜?」
「ああ、そやった、そやったな〜。」
(そうだったそうだった、安心した…)
ほっとしている私の耳に彼の大きな声が届いた。
「そんなことより、もうすぐできるで〜!」


バイクに取り付けた新しい鍵。
そこに例の鍵を差込み走ってみる。
ポケットから鍵を取り出し、差し込もうとする私に彼が聞く。
「ほんまにええんか?」
私はその言葉の意味が分からない。
しかし、なぜだか…
なぜだか分からないが、嬉しいような、悲しいような気持ちになった。
(心なしか彼もそんな表情だ…)
そして、その鍵を差し込むことが、何かとてつもなく意味のあることに思えた。
だから思わずこう言った。
「ええねん。自分もその方がええと思って作ってくれてんやろ?」
彼は笑いながら何かを言ったが上手く聞き取れなかった。
私は、鍵を差込み、キックを踏んだ。
とたんに陽射しが強くなり、熱気につつまれた。
私はそのまま走り出した、
風が舞う。
冷たい、肌を刺すような風。
いや?寒いよりは痛い風。
体中が濡れている、雨ぇ…?
おや!?いつの間にか大きなバイクにまたがっている?!
戸惑う私の目の前にはトンネルがあった。
そのまま一気に突っ込んで行き、そして抜けた。


周りが明るくなると、体に痛みを感じた。
「?????」
なんで上を向いているんや?
あれ?メットはどこや?
あれれ、何で寝ているんや?
?????

落ち着いてみてみると、狭い視界の中には見た顔がある。
「あ…、あれは…」
懐かしい家族の顔がある。
みんな大騒ぎをしている。
「あれれ?なんでや…」

しばらくして訳が分かった。
私は友人とツーリングの最中に事故に会って、
かれこれ3日間ほど意識を失っていたらしい。

そう、つまりあの「鍵」は私が昏睡状態の中で見た、夢のできごとだったようです。

数週間後、
病院の集中治療室から出た私は、担当医に無理をいって外出許可を得た。
タクシーに乗り、出向いた先は、友人宅。
そう、入院前にいっしょにツーリングにいった友人の家だ。
そこで、ニッコリ微笑む彼の写真、
仏壇の前に白い箱の横にある彼の写真に手を合わせた。
そう、そこには例の鍵を、
この世へ帰ってくるための「鍵」を作って作ってくれた、
何でも屋の彼の笑顔があった。





解説

鍵には子供の頃からずっとあこがれていました。
というのも、我が家は昔ながらの長屋で、
鍵をかける習慣はなかったのです。
(夜中も開けっ放し!)
唯一あった鍵は、こうグリグリとねじ込む奴…
でもあれって扉にくっ付いているからね〜
だから、或る日表の木戸が壊れ、
アルミサッシになったときは嬉しかったですね。
やっと「鍵」を手にできたわけですから!
そのくせが抜けないのか、
今では常に鍵をジャラジャラ〜♪
(=^^=)ゞ「よく無くします!」

かように、思い入れの強い「鍵」ですので、
題材には、今後も度々出てきますですよ!



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