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空を飛ぶ

 
この時期になると空を飛びたくなる。

いつもの山の崖のそば。
少し広まったところにバイクを止める。
身支度を整え、崖から下を覗く。
ん〜と・・・・
今年はまあまあか。
少しだけ覚悟を決めて崖から飛び降りる。

「するり!」
舐めるように下降して、目前には路面が迫る。
そこで一旦速度を落とし、
ここからは、急上昇。
少し先の電柱めがけて一気に駆け上がる。
そして、そこで一休み。

「ふぅ・・・」

一息ついて眼下を見渡す。

去年と同じ街並みだ…
綺麗に並んだ屋根の瓦
誰も通っていない道路
動いているのは地面に映る雲の陰だけ

実は、昔この街に住んでいた。
あのころは、こうして飛べるようになるとは夢にも思わなかった。
今こうして上から見下ろしていると、とても不思議な感じがする。
あまりかわったところは見えないが、
それでも視点が変わると全く違う。

「よしっ、次はあの水銀灯の上まで飛ぼう。」
電柱を蹴って再び宙を舞う。

全身に抵抗を感じながら、眼下に懐かしい景色を眺める
あたりには何も音がしない。

そう、今はもうこの街には誰も住んでいない。

私が去った後、
やはり誰もがここを後にした。
だから今はゴーストタウン。
そう思うと…
毎年こうして飛びたくなるのは、
墓参りのようなものなのかもしれない。

そう、墓参り…

ひとしきり、上から街を眺め満足した私は、
上へ上へとのぼっていった。

「ぷはぁ〜!」

こうして、もといた崖の上から再び街を見下ろした。

いまはもう、ダム湖の中に沈んでしまった私の街を。


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